豊富な石油で裕福なカタールは、莫大なオイルマネーで海外投資をおこなったり、有能な科学者や医師、スポーツ選手を帰化させたり、有名作家の美術品を買い漁ったりと、多方面から反感をかっていますが、日本に対してはかなり友好的です。
国際会議の場ではまず必ず日本を支持してくれて、東日本大地震の時には約80億円もの支援金と、40万トン以上のLNG(液化天然ガス)を供与してくれました。
2012年の国交樹立40周年記念には、カタール政府が首都ドーハにおいて現代美術家の村上隆氏の個展を開催しています。その会場では全長100メートルにも及ぶ「五百羅漢図」が公開されて大きな話題を呼びました。
民間レベルではカタール人対象の日本語スピーチコンテストが開かれるなど、日本に親しもうとする姿勢が見受けられます。
最近では日本のポップカルチャーに対する注目度が高まり、ジャニーズ系や「ハロー! プロジェクト」などのアイドルに夢中になっている若者が多くいます。
カタールはなぜ親日国になったのか? それは「この国の繁栄と現在の地位は日本のおかげです」というカタール人の言葉が全てを物語っています。
カタールは1971年にイギリスから独立しました。当時は石油が少し採れるだけの小国に過ぎず、娯楽施設が何もない首都ドーハは「世界一退屈な都市」と呼ばれるほどでした。
その後、巨大な天然ガス田が発見されましたが、当時のカタールにはそれを開発して輸出する技術も資金もありませんでした。
そこに援助の手を差し伸べたのが日本でした。1989年、三井物産が最初に事業に参画して、中部電力をはじめとする日本の電力・ガス会社も600万トンもの買取契約を締結。
プラント建設はエンジニアリング会社、LNGタンカーの造船は日本の造船大手3社と、「オールジャパン」と呼べるメンバーが集まり、LNG開発プロジェクトを推進しました。
プラント建設などには1日7万5千人が動員され、「ピラミッド建造以来の大工事」と言われたほどでした。
1996年には巨大プラントが完成して商業化が実現し、カタールのLNG生産・輸出量は世界一に躍進して、市場価格の上昇とも相まって、カタールは世界屈指の金持ち国になりました。
日本をはるかに上回る金持ち国へと成長したカタールですが、日本に対する恩を忘れずに現在も大量のLNGを供給し続けていますが、東日本大地震の時には副首相が、「恩人である日本をLNG不足にはさせない」と力強く述べてくれました。
「あの国」はなぜ日本が好きなのか「ニッポン再発見」倶楽部