台湾では親日感情を抱き、日本の現代文化を好む若者のことを「哈日族」と言いますが、台湾がここまで新日になるのには長い歴史があります。
先の東日本大震災で世界一、それもダントツの寄付が集まって世間を驚かせた国である台湾は、日清戦争が終わった1895年から、第二次世界大戦の終わる1945年までの50年間、日本の統治国でした。
50年もの長い間日本に統治されていたのなら、反日感情が強いと想像してしまいがちですが、どうしてこんなに寄付が集まったのでしょうか。日本は当時、台湾に対して、同化政策を取りました。
同化政策とは、台湾人を日本人にしてしまうという政策です。ちょっと聞くと恐ろしいことのように聞こえますが、これほど敬意を表した政策はありません。なぜなら西洋の場合は普通、そういう時には植民地化して、現地から搾り取れるだけ搾り取ることをします。
西洋諸国は、植民地の住人に過酷な労働を強いて人間として扱わず、生産物や資源を本国に持ち運ぶ中、日本は逆に自国の資金を使って現地の鉄道、道路、病院、学校、上下水道を作りました。
現地の人たちのために、現地に本国と同じ、あるいはそれ以上のインフラを整えた国は、世界の歴史上で日本だけです。
それは、日本は統治国に対して、同じ仲間として接したからです。当時の台湾は、発展のかなり遅れた田舎。台北、台南の2大都市以外は、幹線道路でも2人分の道幅しかなく、馬さえ通れない悪路ばかり。鉄道も同様で、ほとんど使用できない区間が多いのでした。
日本はその状況を改善するために軍隊を動員、約10ヶ月で約440kmの道路を通し、その後約30年かけて1万7千km以上の公道を整備、1899年には台湾北部の基隆と南部の高雄を結ぶ約400kmの鉄道施設に取り掛かり、最終的には総距離3千km近い鉄道網を完成させ、上下水道を整備し、病院や学校を建設し、砂糖、樟脳、塩、たばこ、米、茶などの増産や原始林の開発で台湾の経済力強化で発展に尽くしました。
日本本土でもまだ普及していなかった下水道の整備により、それまで蔓延していたマラリラや赤痢などの伝染病対策に努めました。
今までは中国であったのが、日本に同化されるのですから、最初は当然抵抗勢力もありましたが、時間と共に国が発展し、豊かになっていくことに大多数の人たちは喜びました。
第二次世界大戦で日本が負けて、中国から毛沢東に追われた蒋介石の国民軍が入ってきた時に、その兵隊たちを日本と比べ、素行の悪さ、道徳のなさに大きな不安を持ったそうです。
そしてその兵士たちは、自分たちの知らない水道の蛇口に驚いたそうです。台湾人に、「日本人は犬」、「中国人は豚」と言われました。犬はうるさくても役に立つ。豚は汚く食い散らすだけだそうです。
台湾の教科書にも出てくる、最も良く知られている日本人の1人八田興一です。八田興一は、当時食べるものに飢えていた台湾で、アジア最大規模のダムを作って農作地を開拓するプロジェクトを立ち上げました。
その農地の広さは東京23区の倍以上もあり、大変に困難な工事となり、事故で50人もの死者が出て工事中止も危ぶまれました。中止を考えた八田興一を思いとどまらせたのは、飢えを何とかしてもらいたいと考えた地元の人たちです。
八田興一は、工事人に対して家族のように接し、日本人の多くの銅像が戦時中に取り壊されるのに対して、八田興一の銅像のみは地元の人たちが隠し守り、戦後に再び設置されたので、今でも残っている数少ない日本人の銅像です。
最近、ツイッターで以下のような名前のマンションが台北市内にあると話題になりました。それは、、、
「小室哲哉」
普通のマンションの名前ですよ! しかもミュージシャンの小室哲哉さんとはまったく関係ありません。
台北市内に実在するこの建物は、日本人がSNSで拡散して話題になりました。世界一「親日」の台湾ならではですね。
ちなみに、上の記事では「久石譲ビル」「徳川家康マンション」「夏目漱石タウン」といった日本の名前を冠したマンションなどがほかにも紹介されています。
台湾の人については416万人とけた違いの訪日客数になっています。同国の人口は2300万人ほど。そのうちの400万人が年間で日本を訪れていると考えると、すごい数になります。
観光客の多くが立ち寄る龍山寺では、年配者から違和感のない日本語で声を掛けられ、日本時代の懐かしい思い出などを話してくれることもある。
それは、台湾が1895年の下関講和条約で日本領土となり、台湾の多くの人々がその後半世紀もの日本統治時代を高く評価しているからである。
こうした年代の人々を“日本語族”と呼び、日常会話でも日本語を使う人は多い。
「台湾では、いまでも“日本精神”という言葉が、『勤勉で正直で約束を守る』という誉め言葉として使われておりますが、それはまさしく日本統治時代の教育の成果です」
その他、台湾には、日本軍人や日本人警察官、さらには日本の軍艦などが神様として祀られる御堂や廟がいくつもある。
台湾人の友人によると、台湾では近年日本統治時代の建物を次々と復元して保存する動きがあるという。こうしたことは、まさに台湾人の親日度を示すバロメータでもある。