マレーシア

日本軍のコタバル上陸から始まるマレーシア歴史教科書

 

現在使用されているマレーシアの中学校の国定の歴史教科書は、日本軍のコタバル上陸から始まっている。国史の始まりが、昭和16(1941)年12月8日の日本陸軍のコタバル上陸なのだ。マレーシアにはそれ以前の歴史はなく、今年でたった71年しか歴史がない。

 

それ以前のマレーシアは、英国による植民地だった。英国人による老獪・狡猾な植民地政策、略奪を正当化するための愚民政策、人種を多層支配する分割統治が行なわれ、宗教も、歴史も、言語や文字さえも消され、教育も、自由も、生きている意味も、この地で生まれたプライドさえ見出すことが難しい「地域」でしかなかった。

 

教科書の記述は、以下のような内容となっている。

·         日本陸軍のコタバル上陸

·         明治天皇の御真影。近代日本の列強との対峙。

·         日本のスローガンは、アジア人のアジア人によるアジア。

·         英国による統治から、私たちマレー人を助けて下さい。

·         コタバル上陸の日本陸軍と進撃ルート。

·         陸海空で英国軍を撃破。

·         英国の抵抗。

·         山下奉文中将。マレーの虎と呼ばれる。

·         敗北を認めたイギリス軍兵士、日本陸軍に降伏。

·         日本軍の真珠湾攻撃。

·         シンガポールからも英国を駆逐。

·         日本語講座が開かれる。

·         シンガポール駅は昭南駅に名称変更。

·         Government Notification No.41 ペナン州長官 ITAMI MASAKICHI

·         日本との良好な関係。

·         日本軍と協力。イギリスからの祖国解放独立を目指すインド国民軍。

·         日本に対する各抵抗グループ。

·         アンチジャパンのForce 136。

·         アメリカによる広島・長崎への原爆投下。

·         板垣征四郎大将、降伏文書に署名。

·         日本統治下の政治。

·         日本統治下の教育。

·         日本統治下の経済。

·         物価の推移。

·         日本に反対するものは憲兵隊が取り締まる。

·         泰緬鉄道の建設。

 

この後、43ページからがその後の現代史。

この教科書をもらった人が、持ち主のペナンの中学3年生・アイーシャさんに「日本がコタバル上陸しなければどうでしたか」と尋ねると、はっきりと「マレーシアという国はなかったでしょう。今もブリティッシュの植民地のままでしょう」という答えが帰ってきたという。

 

 

引用:クンユアム第二次大戦戦争博物館

日本の世界一

 

 
日本軍の上陸50周年を祝うマレーシア

1991年12月、マレーシアのコタバルを首都とするケランタン州政府は、日本軍上陸50周年を記念して特別式典を開催。50年前の1941年12月、日本軍は真珠湾攻撃に先立ちマレーシアのコタバルに上陸、僅か60日でイギリス軍のアジア最大の要塞、シンガポールを攻略した。

 

日本軍は、「民族の平等」を掲げ、それまで西欧人専用だったクラブやプールなどを一般に開放し、マレー人の白人コンプレックスを取り除き、独立心を目覚めさせた。更に、日本軍はマレーの青年教育に力を注ぎ、シンガポールに「昭南興亜訓練所」を開設、マレーの全民族から優秀な青年を招いて訓練した。
こにマラッカの「マラヤ興亜訓練所」に継承され、1,000名超の卒業生を輩出。卒業生の大半がマラヤ義勇軍、マラヤ義勇隊の将校となり、マレーシアの独立と、新しい国づくりの中核となった。

 

日本の降伏後、英国人が戻って来て植民地時代よりも悪質な独裁的制度を課そうとした時、人々は「大和魂」をもって立ち上り、独立を勝ち取った。
 

日本の世界一

 

 

 

マレーシアには、日本のアニメだけを24時間放映しているテレビ番組があります。

 

マハティール元首相の、当時1981年の「ルックイースト(日本を見よ)!」という政策が有名です。

 

 

 

マハティール・ビン・モハマド マレーシア首相
「私は日本と日本人のダイナミズムを体験したのです。人々が、国の再建し、経済を発展させるために献身的に尽くす光景は、今もまぶたに焼き付いています。その後も訪れるたびに発展していく日本の姿を見てきたからこそ、首相になった時、私は日本と日本の人々から学ぼうと思ったのです」
 
最初の日本訪問で、戦後の日本の著しい復興を見て、日本人のその勤勉さや秩序に強烈な印象を持ちました。そして日本を見習って、経済開発を進めるべく、「ルック・イースト政策」を打ち出して成功に導きました。
 
日本の訪問回数は50回を越し、日本の成功要因を、「愛国心、規律正しさ、勤勉さ、能力管理のシステム」と発見します。そしてそれには教育が必要不可欠であると、国家予算の25%を割いて教育を国家の柱と位置づけました。
 
中でもしつけは最も大事な教育だと断言しています。礼儀があるからこそ、親を敬い、人々とも秩序的な社会が気づけると結論付けています。それを学んで自国で真似をしたのです。
 
「それまではヨーロッパは無敵であり、反抗不可能なものと認識されていた。彼らは途方もなく強く、優秀で、賢かった。我々は、空に太陽と月が存在する限りは、イギリス人はマレーシア人を支配し続けるだろうと考えていた。しかし、そのイギリスが粗悪品の代表と思われていた日本に負けたのである。(中略) イギリスやヨーロッパ人が負けることがあるのだ、それも同じアジアの国が西欧の強国を負かすことができるのだという事実が衝撃として我々の間に走ったのだった」

 

「日本人にとって最大の危機は、外国の脅威でもなんでもない。日本人が日本に自信をなくし、外国のシステムに同調することで自らを救おうとしていることこそが、最大の危機ではないか」

 

「日本賛辞の至言33選」 波田野毅、ごま出版

 

 

 
平成6年、マレーシアを訪れて第2次世界大戦の謝罪を口にした総理の村山富市と衆議院議長の土井たか子に対して...
 
「なぜ日本が50年前に起きた戦争のことをいまだに誤り続けるのか理解できない」


別冊”正論” 2014年4月号

 

 

 

戦後の日本の経済急成長を見習えとということですが、1997年のアジア通貨危機の発生で、東南アジア諸国の経済は大打撃を受けましたが、マレーシアも深刻な危機に陥りました。IMF国際通貨基金は積極的に援助をしない中、日本が資金提供の支援に動き、マレーシアは危機を脱出しました。

 

 

「あの国」はなぜ日本が好きなのか「ニッポン再発見」倶楽部

 

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