シルベスター・モース

エドワード・シルベスター・モース  アメリカ動物学者(1838~1925)大森貝塚・縄文土器を発見・発掘


「人々が正直である国にいることは実に気持ちがよい。私は決して札入れや懐中時計の見張りをしようとしない。鍵をかけぬ部屋の机の上に私は小銭を置いたままにする」
 
「日本人の子どもや召使は... 触ってはならぬ物には決して手を触れぬ。こそ泥は皆無ではないものの ”盗まない”」
 
「正直、節倹、丁重、清潔、その他わが国において『キリスト教徒的』とも呼ばれるべき道徳の全てに関しては、一冊の本を書くこともできるくらいである」
 
「外国人は日本に数ヶ月いた上で、徐々に次のようなことに気が付き始める。すなわち彼ら(外国人) は、日本人に全てを教える気でいたのであるが、驚くことには、また残念ながら、自分の国で人道の名において道徳的教訓の重荷になっている善徳や品性を、日本人は生まれながらにして持っているらしいことである。

 

衣服の簡素、家庭の整理、周囲の清潔、自然および全ての自然物に対する愛、あっさりとして魅力に富む芸術、挙動の礼儀正しさ、他人の感情に就いての思いやり... これ等は恵まれた階級の人々ばかりでなく、最も貧しい人々も持っている特質である」
 
「大学を出てきた時、私は人力車が4人いる所に歩み寄った。私は、米国の辻馬車屋がするように、彼らもまた揃って私の方に駆けつけるのかなと想っていたが、事実はそれに反し、1人がしゃがんで長さの違う麦わらを4本拾い、そしてくじを引くのであった。運のいい1人が私を乗せ、他の3人はいやな感情を示さなかった」
 
「何度となく人力車に乗っている間に、私は車夫が如何に注意深く道路にいる猫や犬や鶏を避けるかに気が付いた」
 
隅田川の花火大会でごったがえす屋形船の船頭たちが、長い竿で船を避け合ったり、助け合ったりし、怒声や罵声もなくただただ「ありがとう」や「ごめんなさい」という言葉が飛び交うだけで、和気あいあいとして優雅で温厚に振舞う船頭たちの姿を描き、「わがアメリカならたいへんだ」と、その落差に慨嘆している。
 
「米国でよくあったような宗教的の偏見に衝突することなしに、ダーウィンの理論を説明するのは、誠に愉快だった」
 
「維新から、まだわずかな年数しかたっていないのに、(中略) つい先頃まで輸入していた品物を、製造しつつある進歩に驚いた」

 

 
「日本の家庭及びその周辺」、「日本その日その日」 創元社、平凡社
「日本人はなぜ世界から尊敬され続けるのか」 黄文雄、徳間書店
 日本賛辞の至言33選、ごま書房

 

 

「ホテルの角には人力車が数台並んで客を待っていた。我々が出ていくや否や彼たちは『人力車?』と叫んだ。

 

我々は明瞭に要らぬことを表示したが、それにもかかわらず2人我々について来た。我々が立ち止まると彼等も立ち止まる。

 

我々が小さな店を覗き込んで、何かを見て微笑すると、彼等もまた微笑するのであった。

 

我々は彼等がこんなに遠くまでついて来る忍耐力に驚いた。

 

何故かなれば我々は歩く方が良かったから人力車を雇おうと思わなかったにである。

 

しかし彼等は我々よりも、やがて何が起こるかをよく知っていた。

 

歩き回っている内にくたびれてしまうばかりでなく、道に迷いもするということである。

 

果たしてこの通りのことが起こった。

 

新しいこと、珍しいことによって完全に疲労し、道に迷い、長く歩いて疲れ切った我々は、喜んで人力車に乗って帰る意思を示した」

 

 

 

「東京の子供の死亡率がボストンのそれよりも少ないということを知って驚いた私は、この国の保健状態について多少の研究をした。

 

それによると赤痢および小児コレラは全くなく、マラリヤによる熱病はその例を見るが多くはない。

 

リューマチ性の疾患は、外国人がこの国に数年間いると起こる。

 

中略

 

日本人の綺麗好きなことは常に外国人が口にしている。

 

中略

 

しかし我が国で悪い排水や不完全な便所その他に起因するとされている病気の種類は日本には無いか、あっても非常に稀であるらしい。

 

これは全ての排出物質が都市から人の手によって運び出され、そして彼等の農園や水田に肥料として利用されることに原因するのかもしれない。

 

我が国では、この下水が自由に入江や湾に流れ入り、水を不潔にして水性物を殺す。

 

そして腐敗と汚物とから生ずる鼻持ちならぬ臭気は、公衆の鼻を襲い、全ての人を酷い目に遭わす。

 

日本ではこれを大切に保存し、土壌を富ます役に立てる」

 

 

 

「日本人が正直であることの最も良い実証は、三千万人の国民の住家に錠も鍵もかんぬきも戸鈕も… いや、錠をかける可き戸すらもないことである。

 

昼間は辷る衝立が彼等の持つ唯一のドアであるが、その構造たるや10歳の子供もこれを引き下ろし、あるいはそれに穴を開け得るほど弱いのである」

 

 

 

正午、人々が床に横たわって昼寝しているのを見た。

 

家は道路に面して開いているので、子どもが寝ている母親の乳房を口に含んでいるのでも何でも丸見えである」

 

 

 

「日本が万国郵便連合に加入した最初の年に6万ドルの純益をあげ、手紙一本、金一セントなりともなくなったり盗まれたりしなかったというが、これは日本人が生まれつき正直であることを証明している」

 

 

 

「日本人が丁寧であることを物語る最も力強い事実は、最高階級から最低階級に至るまで、全ての人々がいずれも行儀がいいということである」

 

 

 

「色々な事柄の中で外国人の筆者たちが1人残らず一致することがある。

 

それは日本が子どもたちの天国だということである。

 

この国の子どもたちは親切に取り扱われるばかりでなく、他のいずれの国の子どもたちよりも多くの自由を持ち、その自由を濫用することはより少なく、気持ちの良い経験の、より多くの変化を持っている。

 

赤ん坊時代にはしょっちゅうお母さんなり他の人なりの背に乗っている。

 

刑罰もなく、咎めることもなく、うるさくぐずぐず言われることもない。

 

日本の子どもが受ける恩恵と特典とから考えると、彼等はいかにも甘やかされて増長してもよさそうであるが、世界中で両親を敬愛し老年者を尊敬すること日本の子どもに如くものはない。

 

汝の父と母を尊敬せよ…   これは日本人に深く染み込んだ特性である」

 

 

 

「多分漆なのだろうが、銅、銀等に似せた浮き彫りであった。意匠の優雅、仕上げ、純潔は言語に絶している。

 

日本人のこれ等及び他の繊美な作品は、彼等が自然に大いなる愛情を持つことと、彼等が草食芸術に於いて、かかる簡単な主題を具現化する力とを示しているので、

 

これ等を見た後では、日本人が世界中で最も深く自然を愛し、そして最大な芸術家であるかのように思われる。

 

この地球の表面に生息する文明人で、日本人ほど自然のあらゆる形況を愛する国民はいない。

E・S・モース著「日本その日その日」1巻、東洋文庫

 

 

「私が帰るまで時計と金を預かってくれぬかと聞いたら、彼は快く承知した。召使いがひとり、フタの無い浅い塗盆を持って私の部屋へ来て、それが私の所有品を入れるものだと言った。

 

で、それ等を彼女が私に向かって差し出している盆に入れると、彼女はその盆を畳の上に置いたままで出て行った。

 

しばらくの間、私は言うまでもないが彼女がそれを主人の所へ持って行き、主人は何らかの方法でそれを保護するものと思って、ジリジリしながら待っていた。

 

しかし下女は帰ってこない。私は彼女を呼んで、なぜ盆をここに置いていくのかと尋ねた。

 

彼女はここに置いてもいいのですと答える。私は主人を呼んだ。

 

彼もまた、ここに置いても絶対に安全であり、彼はこれらを入れる金庫も、他の品物も持っていないのであると言った。

 

未だかって、日本中のいかなる襖にも、錠も鍵もかんぬきも見たことがない事実からして、この国民がいかに正直であるかを理解した私は、この実験を敢えてしようと決心し、

 

おそらく私の留守中に何回も客が入るであろうし、また家中の召使でも投宿客でもが楽々と入り得るこの部屋に、フタの無い盆に銀貨と紙幣とで八十ドルと金時計とを入れたものを残して去った。

 

我々は1週間にわたる旅をしたのであるが、帰って見ると、時計は言うに及ばず、小銭の一セントに至るまで、私がそれらを残して行った時と全く同様に、フタの無い盆の上に乗っていた。

 

米国や英国の旅館の戸口に貼ってある、印刷した警告や訓警の注意書きを思い出し、それをこの経験と比較する人は、いやでも日本人が生得正直であることを認めざるを得ない。

 

私はこのような実例をたくさんあげることが出来る。

 

日本人が我が国に来て、柄杓(ひしゃく)が泉水飲場に鎖で取り付けられ、寒暖計が壁にネジでとめられ、靴拭いが階段に固着してあり、あらゆる旅館の内部では石鹸やタオルを盗むことを阻止する方法が講じてあるのを見たら、定めし面白がることであろう」

 

 

 

「日本で生活していた間に、私はたった一度しか往来での喧嘩を見なかったが、それのやり方と環境とがいかにも珍しいので、私は例のごとくそれを米国における同様のものと比較した。

 

我が国の往来喧嘩を記述する必要はあるまい。誰でも知っている通り、老幼が集まって輪をなし、興奮した興味を持って格闘を見つめ、ぶん殴れば感心し、喧嘩が終わるか巡査が干渉するかすれば残念そうに四散する。

 

日本の喧嘩では、2人が単に頭髪の引っ張り合いをする丈であった! 見物人は私ひとり。

 

他の人々はいずれもこのような不行儀さに嫌厭の情か恐怖かを示し、喧嘩している2人は人々が事実上避けていくので、広い場所を占領していた」

 

E・S・モース著「日本その日その日」3巻、東洋文庫

 

   

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