インスタントラーメンは世界食になりましたが、その後に安藤百福が欧米へ視察旅行に出かけた時のことでした。
現地で訪れたスーパーの担当者たちは、「チキンラーメン」を小さく割って紙コップに入れ、お湯を注ぎフォークで食べはじめました。
これを見た安藤さんは、アメリカにはどんぶりも箸もない、つまりインスタントラーメンを世界食にするためのカギは食習慣の違いにある、と気づいたのです。
そしてこの経験をヒントに、麺をカップに入れてフォークで食べる新製品の開発に取りかかりました。
新製品の開発は、容器を作ることから始まりました。安藤が理想とする "片手で持てる大きさの容器" を見つけ出すため、40種類近くもの試作品を作って検討を重ねました。
その結果、紙コップを大きくしたコップ型が採用されました。
カップの素材として選んだのは、軽くて断熱性が高く、経済性にも優れた発泡スチロール。
しかし、当時の日本ではまだ珍しい素材だったこともあり、薄く加工し、片手で持てる大きさに成型することは容易ではありませんでした。
そこで、安藤は米国の技術を導入し、自社で容器製造に乗り出したのです。
臭いがなく、食品容器にふさわしい品質に精製するまでには時間を要しましたが、米国食品医薬品局 (FDA) の品質基準をはるかに上回るカップを完成させました。
カップは完成したものの、麺をカップに収めることも難しい問題でした。
カップは上が広く下が狭いため、麺をカップよりも小さくすれば簡単にカップの中に入る一方、輸送中にカップの中で麺が揺れ動くので壊れてしまいます。
そこで考え出したのが、カップの底より麺を大きくしてカップの中間に固定する〈中間保持法〉のアイデアでした。
しかし、いざ麺をカップに収めようとすると、傾いたり、ひっくり返ったりして、うまくいきません。
寝ても覚めても考え続けていた安藤が、ある晩、布団に横たわっていると突然、天井が突然ぐるっと回ったような錯覚に陥りました。
「そうか、カップに麺を入れるのではなく、麺を下に伏せておいて上からカップをかぶせればいい」とひらめいたのです。
この "逆転の発想" によって確実に麺をカップに入れることができるようになり、工場での大量生産が可能となりました。
ほかにも容器のフタや具材、麺の揚げ方など、さまざまな知恵や工夫が詰め込まれた「カップヌードル」。
今日ではカップラーメンも世界食となり、軍や警察、消防士の非常食にもなっていますが、その後に宇宙食にまでも発展しています。
宇宙食ラーメン「スペース・ラム」は、無重力状態でもスープが飛び散らないようにとろみをつけ、麺を一口で食べられる大きさや形にするなど、さまざまな工夫を凝らして完成。
しかし、その開発の基礎となった技術は、1958年に安藤が発明した〈瞬間油熱乾燥法〉でした。
インスタントラーメンは発明当時から、宇宙時代にも対応する優れた食品であったことが証明されたのです。
「スペース・ラム」は2005年7月、スペースシャトル・ディスカバリー号に搭載されて宇宙へ出発しました。
人類として初めて宇宙空間でインスタントラーメンを食べた野口聡一宇宙飛行士は、国際宇宙ステーションからの中継で「地球で食べるインスタントラーメンの味がびっくりするぐらい再現されていた」と報告しました。