英仏海峡トンネル

ユーロトンネルとも呼ばれますが、これまでに計画され、挫折した26回のトンネル建設。 19世紀初頭、ナポレオン1世がイギリスに向けてトンネル建設計画を立てて以来、イギリス・フランス両国の野心家のロマンをかきたててきた「夢のトンネル」は、これまでの歴史的な背景によって、幾度と無く計画するも実現しない歴史を繰り返してきた。

 

一方、ドーバー海峡では大型フェリーが転覆するなど、多くの海難事故が発生してきたという過去から、いつしか海峡を結ぶトンネルは「夢」から、人々の切実な「願い」となっていた。

 

だが、27番目の計画にして、ようやくその「夢」が結ばれようとしていた。 1984年にイギリス・フランス両国首脳で合意、1986年に両国間で建設協定が調印され、プロジェクトはスタートした。

 

繰り返された計画中止の歴史があっただけに、危惧の声も聞かれたが、プロジェクトは順調に進んでいた。 なぜなら、翌年に迫っていたEC(EUの前身)統合にむけて、単一市場を円滑に機能させるために、人や物の往来を妨げるものがあってはならないという背景があったからだ。

 

欧州各国がEC統合の中で経済力を高めていくためには、海峡を越えて高速且つ大量に輸送できる交通輸送網が必要不可欠であり、英仏海峡海底鉄道トンネルは、そのネットワークづくりのキーポイントでもあった。

 

1日18mのスピード

 

民間資金によって建設・運営を行うこのプロジェクトでは、金利負担を軽くするためにも「いかに早く掘り、開業を早めるか」というところに最大の技術的課題があった。

 

川崎重工が工事担当のTMC社から受注した2基のTBMは、フランス側サンガットの立坑からイギリスに向けて海底部を進んだ鉄道用の主トンネル2本(T2、T3)を掘削するためのものであるが、フランス側の地層が複雑であり、トンネル掘削でもっとも難しい部分であった。

 

それに加え、TMC社からさらなる厳しい条件を提示される。 計画では、距離38キロの海底部分をフランス側から16キロ、イギリス側から22キロで掘り進めて、2年半で完成させるというのである。

 

これを実現するためには、1ヶ月に530メートルの高速掘削が要求される。当時、日本での掘削スピードは月進150~200メートルが精一杯であった。

 

また、海面下100メートル、海底下40メートルの硬軟地層が入り組む地中では、平均10気圧にもなる。これまでの掘削の実績はせいぜい3~4気圧ぐらいのものであったが、この条件の下、1基のみで16キロを連続掘削するという厳しい条件を与えられたのであった。

 

最大月進1,200メートルを記録、川崎重工のトップメーカーとしての熱意が、かつてないトンネル掘削機を生み出した

 

地質や工期の厳しい条件に加え、TBMの制作についても、設計を含めて完成まで、わずかに13ヶ月というタイトなスケジュールであった。この厳しい条件に応じた背景には、これまで数多くのトンネル掘削機を手がけてきたトップメーカーとしての熱意があった。

 

そして部品総数10万点超という、複雑ながらあくまでも強固な2基のTBMを予定通りに完成させた。1基は播磨工場、別の1基はフランスで組み立てられた。

 

1988年12月、播磨工場から送り出されたTBMがフランス側より発進したが、機械の操作も慣れぬうちに複雑な地層を通らねばならず、連日のように高圧水に悩まされ、試行錯誤を繰り返しながら苦しい半年が続いた。

 

しかし、その地層を抜けてからの掘進はめざましかった。当初の計画であった月進500メートルという目標を軽々とクリアし、なんと最大月進では1,200メートルを記録したのである。当初の目標点であった16キロの地点には8ヵ月も早く到達する結果となり、かつてないTBMが生み出された瞬間であった。

 

また、その功績から、さらに4キロの掘削契約保障距離の延長が要請され、貫通地点はイギリス国境を越え、出発した地点から20キロまで延長された。

 

そして、1991年5月22日、午前11時30分。ドーバー海峡の海面下100メートルの地中で大きなどよめきが起こった。イギリスとフランス、というよりヨーロッパ大陸とブリテン島を鉄道で結ぶ英仏海峡海底鉄道トンネルの1本(T2)が貫通した瞬間である。

 

1988年12月に発進したフランス側サンガットの立坑から、ちょうど20キロの地点を4キロも越え、しかも予定より早く貫通。月進速度、連続掘削距離などで数々の記録を打ち立てた川崎重工のTBMは、フランス側の現場最高責任者に「プロペラ機の時代にジェット機が登場したほどの歴史的革新だ」と評価された。

 

T2貫通に続き、6月28日にはT3も貫通。総延長150キロにも及ぶすべてのトンネルの掘削が完了した。 そしてこの“貫通”は、まさにヨーロッパが“鉄道”で1つに結ばれる確かな道をつけた歴史的瞬間となり、トンネル内は大きな歓声に包まれたのであった。

 

 

T2貫通。ドーバーの海底下で2年半戦い続けてきたTBMの使命は、完璧な成功で幕を閉じた

 

 

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