アルジェリアで貢献・活躍した日本人

19世紀前半からフランスの支配を受けていたアルジェリアは、1954年から「FLN(民族解放戦線)」を中心に本格的な独立運動を開始。

 

激しい戦いで100万人ものアルジェリア人が犠牲になりましたが、1962年に独立を勝ち取りました。

 

この戦いを支援した日本人が、ミノファーゲン製薬創設者、月刊誌「軍縮問題資料」創刊者で当時の自民党の衆議院議員、宇都宮徳馬さんでした。

 

宇都宮さんは1950年代後半にアルジェリアを訪れ、アルジェリア人を助けようと決意して、FLNが東京に極東代表部を設立するのを助け、のちに首相となる中曽根康弘らの支持を得て、1961年に「日本北アフリカ協会(現日本・アルジェリア協会)」を設立。

 

アルジェリアへの想いは非常に強く、自身の葬儀をアルジェリアの独立記念日に合わせたほどでした。

 

また、当時の学生運動の中心的存在だった全学連(全日本学生自治会総連合)は、アルジェリアの内情を理解してもらおうと講演会を実施したりして、政治家やマスコミに働きかけました。

 

こうした支援の結果、アルジェリアと日本の関係は次第に深まり、多くのアルジェリア人が日本に信頼を寄せるようになりました。

 

 

「あの国」はなぜ日本が好きなのか「ニッポン再発見」倶楽部

 

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